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フリートヘルム生誕SS

  • ainoeve
  • 2016年12月25日
  • 読了時間: 12分

 寒い冬の日。あと一週間もすれば新年がやってくるというそんな時期に、珍しく養父・ヴェンツェルが何やら朝っぱらからバタバタと慌ただしく走り回っていた。

 ――ヴェンツが慌ただしくしているなんて珍しい。

 普段から遅刻など当たり前、気まぐれでやる気のない彼だ。フリッツでさえもう少し日が昇ってからと考えるくらい寒い朝、教会の住居スペースを掃除しているところなんて見てしまうと、とうとう頭がおかしくなったのか、とは流石に思わないが、どういう心境の変化なのだろうと勘ぐってしまうところはある。

 フリッツのそんな視線に気づいたのか、埃をはたき落とす作業はそのままに、彼は顔だけをこちらに向けて怒鳴り上げた。

「おいこらフリッツ、俺が一人で忙しなく準備してやってるってのに一言も無しか! あ?」

 ――よかった。脈絡がないところはいつものヴェンツだ。

「手伝おうかって言えば良かった? でも逆に言えば、黙々と掃除するヴェンツはちょっと怖くて声掛けづらいことくらい言わなくてもわかってほしいよ」

「よく言った。そこでちょっと待ってろ」

「ぼっ暴力反対!」

 ヴェンツェルは肩に掛けていたタオルに水を含ませてブンブンと振り回し、目の前で鈍器を作り始める。殴る蹴るにはもう慣れてしまったフリッツだが、あれは受けてはだめなものだ。逃げることはハナから無駄だとわかっているため、フリッツはとりあえず消えていた暖炉に薪を多めに焚べてみる。

「暖炉つけるのはいいけどな、木を燃やすなよ」

「木……ってなにこれ。なんで室内に木?」

 異様な存在感を放っているそれに今気づいたというように声を上げるフリッツに、ヴェンツェルはさもめんどくさそうに答える。

「毎年行商が持ってくんだよ。世間がクリスマスだからって……うちにはいらねーのにな」

「クリスマス……えっと」

 フリッツはしばらく思考を巡らせ、合点がいったのか手を叩く。

「唯一神の生誕を祝う祭事……だっけ。いらないなら受け取らなきゃいいのに。……ハッ、まさか……改宗……!?」

「はたかれたいのかお前は。ちげーよ。あとで植林すんだよ植林」

「えー。でも、じゃあなんでこういうのあるの?」

 フリッツが指差す先には、暖炉の炎に照らされてキラキラと輝く装飾が盛りだくさんの大きな箱があった。

「それな。お下がりだ」

「は? お下がり?」

「おう。兎にも角にも、うちはうち、よそはよそ。人の誕生日は祝っといてなんぼだろうが」

「適当だなぁ……」

 ゲラゲラと笑うヴェンツェルの言っていることは全くわからないが、とにかく彼は十数年一度も行わなかったはずのクリスマスを祝うつもりでいるらしい。全く本当にどういう心境の変化なのか。フリッツには気味が悪すぎて二十六日の朝まで家を開けたい気分ですらあった。しかし養父が自らやろうと思い立ったことなので、おかしな気が起きる前くらいまでは、と右手を差し出す。

「僕は参加しないから。今日は訓練もする気なさそうだから、準備は手伝うけど」

「あ? なんでお前が手伝うんだよ馬鹿か」

「んえ?」

 てっきり夜まで扱き使われるのだろうと思っていたフリッツは、雑巾を受け取ろうと差し出した右手に、いつもはヴェンツェルが身に着けている十字架を乗せられ気の抜けた声を上げた。

「誰も手伝えとは一言も言ってないだろうが。それ持って夕方まで彷徨いてこい」

「な、なんでこれ? 僕ので良くない?」

「お前のは目立つから駄目だ。それ持ってりゃ、俺のだから触んなって意味になるんだよ」

「い、一気に……返したくなった……」

「うちの子だからちょっかいかけたらあとで覚えてろよって意味だアホタレ。邪推すんじゃねえ」

「散々邪推されるようなことしてきてるのはヴェンツだからな! そもそもこの村で僕がヴェンツの養子ってこと知らない人なんて……」

 フリッツは言いかけて、やめる。ヴェンツェルの言いたいことは、つまりそういうことである。

「……いる。魔物だ」

「おう。だが俺を知らない魔物はいねえ。俺が唾つけた人間に悪さする奴はそうそういねえからな」

 自信満々にそう宣うヴェンツェルを訝しげに見つめるも、類稀なる養父の気まぐれに、フリッツはおとなしく肖ることにした。

 ――ヴェンツって言葉足らずというか、僕限定でコミュニケーション不自由だよなぁ。

 ――心配だからお守りを持って行きなさいって言われたら素直に受け入れるのに。

 ――いや、それも逆に怖いか……。

「ああ、念の為に言っておくが、今日はエクレールのところには行かんほうがいいぞ。邪魔になる」

 突然挙げられた少女の名に、フリッツは驚く。

「ええ! 嘘だろ、訪ねようと思ったのに。ヴェンツといいエクレールといい、珍しいなぁ」

「今日というこの日だからなぁ。エクレールも張り切ってるぞ」

「ううん……?」

「とにかくほら、いいから時間潰してこい。なんなら魔物に教えでも説いてこい」

「そんな無茶な……」

 フリッツがぶつくさと文句を言っている間にも、ヴェンツェルは手際よくフリッツの首にマフラーを巻き付けコートを着せ、そのまま背を押し教会の外へと放り出す。背を蹴飛ばされなかっただけ、いつもよりは優しい対応だった。

 突然できた丸一日の休日。友人は忙しくて会えないようだし、一体何をして過ごそうか。陽の昇り始めた空を見上げ、フリッツはあるはずもない予定を無理矢理立てるように辺りを見回す。

「……綺麗だ」

 朝日を受けて煌めく木々の美しさを堪能しながら、普段なら慎重に歩くはずの道を、少しだけぼうっとしながら歩く。胸の前で握りしめているヴェンツェルに渡されたお守りには実際に効果があるようで、魔物たちはチラチラとこちらを見るだけで、直接悪さをしようという気は今のところなさそうだ。しかし恨めしそうな視線は常々受けているが、今日この時に勝る悪意は感じたことはない。それだけヴェンツェルが魔物に嫌われているのか――はたまたその逆なのか。

 どちらにせよいつでも手が出せる人間に手が出せないのは相当なストレスであるのか、見える範囲にいる魔物たちは次第にフリッツが視界に入らぬ場所へと移動を始めた。

「へへへ、今日はえらく嫌われてるね、フリートヘルム!」

「わっ!」

 突然眼前に逆さ吊りの少女が現れたかと思えば、彼女はその体制のままにひひと笑う。

「あ、アイリ……脅かさないでくれよ」

「ぽえーっとしてたからついつい! しっかし珍しいね、今日はヴェンツェルはサボり?」

「いや……なんか。よくわかんないな」

 よくわからないのはいつものことだけど、と付け足すと、アイリと呼ばれた悪魔はけらけらと声を上げる。が、すぐにアイリは身体を正位置に戻すと、ふわふわと飛び回りながら、なぜかフリッツを全方向から眺める。

「? どうしたの」

「ん? んー……なんだろ。今日はなんかきらきらしてるね。光が当たってる感じ。祝福されてるのかな?」

「……どういうこと?」

 言われている意味がわからず問うと、アイリもよくわかっていないようで、しかし見えている光は確かなものなのか眩しそうに目を細めた。

「わっかんない! でもねー、今日のフリートヘルムは綺麗だよ! 魔族のアイリにも気持ちよく見える光だから……神様とは関係ないのかも」

「ふうん……? なんなんだろうね?」

「ねー?」

 互いに首を傾げるアイリとフリッツ。が、どれだけ頭を悩ませたところで答えが見つかるはずもなく、フリッツはそう言えば、という風に話をかえる。

「アイリ、今暇?」

「アイリに暇かどうか聞くのって面白すぎないかな? アイリはいつでも暇だよー。どったの?」

「実は今日、よくわからないんだけどヴェンツェルに夕方まで帰ってくるなって言われててさ。やることもないし、森にでも行こうと思うんだけど……」

「!! アイリもいく!」

 森という単語を聞いた瞬間、アイリは勢い良くフリッツの腰にしがみついた。

「よしじゃあ決まり! いっぱい果物持って帰ろ」

「うえっちょにあるのアイリが採ってあげるからね!」

「心強いね! それじゃあ善は急げだー!」

「いえーい!」

 やることが見つかって嬉しいと言わんばかりに走り出すフリッツをアイリが後ろから楽しそうに追尾する。二人が戻ってきたのは、おおよそ陽が沈む寸前の夕刻のことだった。

「ただいま~」

「おかえりフリッツくん!」

 もう帰宅しても良い時間なのかと恐る恐る扉を開けるフリッツを迎えたのは、本日は忙しいとヴェンツェルから聞かされていた友人のエクレールだった。

「エクレール!」

「寒かったでしょ、さ、早く入って~。お義父さんも待ってるわよ」

「えっ。ヴェンツェルが〝待ってる〟って?」

「それはもう首を長くしてね」

 嘘を言わないエクレールの言葉を受け背筋に流れる冷たい汗を感じながらも、フリッツはエクレールに連れられてヴェンツェルの元へと向かう。

 てっきり自室で寝ているのかとばかり思っていたフリッツは、彼女に連れて行かれた先で見た養父の姿の不釣り合いなさまに顔を顰める。

「ヴェ……ヴェンツが台所に立ってる……」

「ん? おお帰ったか」

「た、ただいま……」

「おかえり」

「……」

 あろうことか頭に積もっていたのであろう雪をさっと払われ気を失いそうになるも、エクレールにそっと背中を支えられ事なきを得る。

「ほ、本当にヴェンツになにがあったんだ……」

「おい……俺が養子(むすこ)に優しくするのがそんなにおかしいか」

「うん」

 フリッツが即答するも、フリッツは別段気分を害した様子もなく頷く。

「自覚はある」

「それはそれは……」

「だから」

 ヴェンツェルはフリッツの頭を撫でながら言う。

「今日は〝特別〟だ」

「え」

 ヴェンツェルが目配せすると、キッチンの入り口から、先程確かに別れたはずのアイリが大きなケーキを持って姿を現した。

「わかったよ! 今日のフリートヘルムがきらきらしてる理由!」

「アイリ! それって……」

「生まれてきたことへの祝福! お誕生日おめでとう、フリートヘルム!」

「……」

 アイリにケーキを差し出されるも無言でそれを眺めているフリッツの様子を見て、エクレールが訝しげな顔をしてヴェンツェルを見る。

「まさかとは思うけれど……ヴェンツェル、あなたフリッツくんに誕生日のこと話してなかったの?」

「は? いや。ちゃんと話し……。……てねえわ!」

「ええっ!?」

「そもそもこいつ今日が自分の誕生日って知らねえ! しまったー……知ってる体で話してたわ……だからどうにも話が合わねえなって気がしてたわ……」

「ヴェンツェルあほだー」

 アイリとエクレールから冷ややかな視線を浴びせられ苦い顔をするヴェンツェルだったが、ケーキを眺めていたはずのフリッツがこちらを見ていることに気付き、向き直る。

「僕の……誕生日?」

「おう」

「……」

 フリッツはもう一度ケーキを見た後、いつものような呆れた声で言う。

「まったくさ……そんな大事なこと、なんでちゃんと言ってくれなかったの」

「すまん」

 素直に謝るヴェンツェルがおかしくて、フリッツは笑う。

「あーあ。僕の養父(とうさん)って本当にだめ。……そっか。今日、僕の誕生日なんだ」

 僅かに頬を赤らめながらはにかむフリッツに一同はほっと息をつく。精神的に脆い彼が泣き出したらどうしようか、と肝を冷やしたヴェンツェルだったが、どうやらフリッツのほうが大人だったらしい。

「よし! それじゃあ改めてお祝いしましょ! さあフリッツくん、お誕生日席座ってお誕生日席!」

「うえっ、な、なんかめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……」

「一度くらい体験しておいてもいいんじゃない? ね、アイリちゃん」

「フリッツ主役だしまんなかまんなかー!」

 アイリに背中を押されて着席すると、ヴェンツェルが作ったのであろう料理が次々と食卓の上に並べられていく。鮮やかな色彩、最初は違和感があった養父のキッチンに立つ姿も、それらを眺めるうちにストンと腑に落ちていく。

 ――そういえば僕がまだなにもできなかった頃、こうして食事、作ってくれたっけ……。

 懐かしい光景を思い出しながら、フリッツは気づかれないように笑う。

 自分が主役だなんて、くすぐったくてそわそわする。だけどこの居心地の悪さすらも、今更感じる人間じみた感覚の一つなんだろう。

 ふと目が合ったエクレールが、フリッツの表情を見て微笑む。

「フリッツくん、今どんな気持ち?」

「……すっごく嬉しい」

 それは小さな呟きだったが、皆がひっそりと笑みを浮かべるには十分な声量だった。

 

「それにしてもヴェンツ、なんでいきなり僕の誕生日を祝う気になったの?」

 すっかり夜も更け、エクレールとアイリが帰路についた頃、フリッツは至極当然な質問をヴェンツェルに投げかけた。今までは誕生日は愚か、行事に興味を示すことなど一度もなかったように思う。

「別に……」

 ヴェンツェルは言いにくそうにしながらも答える。

「気分」

「うそだー。なにかあるからこういうことやる気になったんだろ」

「クッソガキ……」

 下を向いて唸るヴェンツェルだったが、観念したのかゆっくりと顔をあげる。その表情は深刻なもので、フリッツは片付けを中断して椅子に腰を下ろした。

「お前、今日で自分が何歳になるか知ってるか?」

「知らない。……そう言えば知らない……」

「だろうな。お前は自分の生年月日を知らない。今日でお前は二十だよ」

「……区切りがいいから今日祝ったわけだ?」

「んん……まあ、そうだな。前々からお前が二十になったら色々教えてやろうと考えてたんだよ。誕生日は――まあただ昔に伝えていた気になってただけなんだが」

 フリッツが送るじっとりとした目線には気づかないふりをして、ヴェンツェルは続ける。

「俺が今日教えてやろうとしていたことは二つだ」

「うん」

「俺が何故、見も知らぬはずだったお前の誕生日を知っているのか。その答えは、俺がお前の母親と面識があるからだ。父親のことも……よくはわからんが知っている」

「……本当に?」

「ああ。そして二つ目だが……これはお前が最もほしかった情報かもしれん。今まで黙っていたことに関しては察してくれ」

 静かに頷くフリッツだが、目の色を変えていることは火を見るよりも明らかだった。しかし、まだすべてを話す訳にはいかない。

 フリッツへの秘密事は増えるばかりだ。彼は養父が抱える苦悩に気がついているだろうか。

 ヴェンツェルは平静を装いながら言う。

「お前の本当の両親は、まだ生きている」

「……」

 どこにいるのか。と問うような目をしている。どうして僕を、といいたげな目でもあった。しかしヴェンツェルはそのどちらにも答えることはなかった。

「両親がどういう者なのか、どこにいるのか、何をしているのか。それはまだ教えることは出来ない。だが――然るべき時が来たら、必ず話す。それだけは、約束する」

「……変なの」

「……あ?」

「なんでヴェンツがそんな泣きそうな顔するんだよ」

「誰がなんだって?」

 ヴェンツェルが睨みつけると、フリッツは苦笑しながら、強く握りしめられた彼の手に自らの指先をそっと添えるように乗せた。

「僕、本当の両親が見つかったからって、ヴェンツをおいてどこかにいく気はこれっぽっちもないからね」

「何を……」

「待つよ。ヴェンツが話してくれるまで。ヴェンツが、話せるようになるまで、ちゃんと」

 少なくともフリッツには、今の段階でヴェンツェルに根掘り葉掘り質問する気などなかった。しかし同時に、ヴェンツェルが口に出そうとするだけでここまで苦しむ自らの両親が一体どんな人間なのかという不安が頭を擡げる。

 しかしいつか、彼が話すというのなら。

「待つよ。僕は」

 それだけ言い残すと、フリッツは再び皿洗いを始めたのだった。

 その背中を見つめながら、ヴェンツェルは聞こえないくらいの声でこぼす。

「……そういうことじゃねえんだよ……くそ……っ」

 頭を抱えそうになるも、ヴェンツェルは何事もなかったかのように、冷え切ったコーヒーを呷った。


 
 
 

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