エト誕SS
いつものその日、目が覚めると、必ず部屋の前に大きな荷物が置かれている。
箱を開ければ、そこには綺麗な衣装だったり、可愛らしいアクセサリーだったり。とことんあの人達は、私のことを誤解しているらしい。
確かにあの人たちとは、そういった類の話をしたことはないけれど。どちらかと言うと、私は飾りっ気のない、利便性の高い物の方が好きなのだ。
だからといってため息を付くわけでもなく、私はその箱の底を漁る。すると、やはりと言ったところだろうか。それだけは私の好み通りの、あっさりとしたデザインの封筒がぽつりと同梱されていた。そっと便箋を開く。
お誕生日おめでとう、から始まり、こちらの近状伺い、あちらの近状報告、つらつらと感情のない文字の羅列。文字に感情が乗らないのは、やはりいつも書類ばかりを眺めているからなのだろうか。と言っても、自身の文章もそう大差のあるものではないが。
それでも、必ず最後に綴られる一言のメッセージだけは、彼らの優しい声で再現された。
ここで私は初めてため息をつく。馬鹿馬鹿しいとさえ感じるその言葉に、私はなにも言わずに便箋を元の通りに折り直し、封筒へと仕舞った。
「あ、エト」
廊下に出ると、この階には珍しい人影がこちらに声をかけてきた。
「あ、イブ! ……なにしてんの、それ」
「なにって……ハロウィンだよ。明日だろ? 僕等もリントの恒例行事には顔を出さないとだから。こうして準備してるってわけ」
両手では持ちきれなかったのか、オレンジやら紫やら黒やらの布束を身体に掛け垂らしているその姿は、一足先におばけの仮装でもしているようだった。
「へー、ハロウィンか。そんなのもあったわね」
「相変わらず興味が薄いね。誕生日の次の日ってくらいの認識?」
「そうね。強いて言うならクソ獣が甘ったるい菓子を大量生産する日よ」
「はは……エトにはハバネロアイスでもあげることにするかな」
「言っておくけどエトちゃんはトリトリなんかしないから。勝手に持ってくわよ」
「はいはい。それじゃ、また」
ひらひらと手を振り、イブは廊下の先へと緩やかに歩き去った。
「誕生日の次の日、ね……」
何を残念がることもない、イブが私の誕生日に興味を示さなかったのは、こちらからそう頼んでいるからである。
私は〝ロズ(ここ)の人間〟に誕生日を祝って貰いたくなどないのだ。それが例え、執着している相手であるイブであったとしても。私はここにいる限り、あの人達以外に誕生日を祝う言葉をかけられることはない。単純に、それは心地の良いものだった。
窓に近づき下を覗くと、なるほど、ロズの人間たちがせかせかと動き回り、センター前の広場を次々と異色に染め上げていくのが見える。
「あっほらし……」
素直な感情からでた言葉をそのまま吐き出すと、私は自室へと戻った。
当たり前だが、部屋には依然として荷物が鎮座していた。隅に除ける気にもなれず、私はじっとその箱を睨みつける。もう一度中に入っている衣装を手に取ると、何気なく袖を通してみる。
「……動きにくいったら」
張りのある生地で丁寧に作り上げられた衣装は、確かにノワール家次期当主には相応しい物かもしれない。しかし、やはり私――エトワールという人格には、窮屈で退屈で、大凡お気に入りには程遠い代物である。あの人達には申し訳ないが、恐らくこの衣装で外を出歩くことはないだろう。
衣装を再び箱へ戻すと、私はもう再度便箋を広げ、最後の一文を読み返す。そしてすぐに机の引き出しから便箋を取り出し、筆を執る。
〝早く帰ってきなさい〟だなんて、そんな馬鹿馬鹿しい。
誕生日のお祝いありがとうから始まり、あちらの近状伺い、こちらの近状報告、つらつらと感情のない文字の羅列。両親そっくりの文体は、煩わしいほどに、自分たちが家族なのだと言うことを知らしめる。
「エトはまだ帰らないわよ……」
苦笑することさえせず、私は最後の一文を口に出し、しっかりと書きつけた。